違う文化を見ると、自分たちの「当たり前」が見えてくる。
遠く離れた、日本とインド。
言葉も、気候も、宗教も、服装も、暮らし方も異なります。
けれど、実際に二つの文化を見ていくと、違いだけではなく、どこか似ているものにも出会います。
米を食べること。
自然とともに暮らしてきたこと。
布をまとい、季節や人生の節目を大切にしてきたこと。
家族や地域の中で、人と人とのつながりを育んできたこと。
もちろん、日本とインドは別々の歴史と文化をもつ国です。
私たちは、似ているものを見つけて「同じ文化だった」と結論づけたいわけではありません。
なぜ似ているのだろう。
なぜ違うのだろう。
そして私たちは、なぜこれを「当たり前」だと思っているのだろう。
二つの文化を行き来することで、自分たちの暮らしをもう一度見つめてみます。
インドを知ることは、日本を知ることでもある。
海外の文化に触れると、最初に目に入るのは「違い」かもしれません。
食べ方が違う。
服装が違う。
人との距離が違う。
時間の感覚が違う。
家族との関わり方も違う。
けれど、その違いに驚いたとき、同時に見えてくるものがあります。
「では、日本ではどうだろう?」
普段、自分の文化の中だけで暮らしていると、それが文化なのだと意識することさえありません。
異なる文化に触れることで初めて、
「日本では、なぜこうするのだろう」
「昔はどうだったのだろう」
「いつから変わったのだろう」
という問いが生まれます。
だから私たちは、インド文化を学ぶことだけを目的としているわけではありません。
世界を見ることで、自分たちの文化を見つめ直す。
それが、株式会社ミーナッチが日本とインドを学ぶ理由のひとつです。
自然と暮らし
人は、自然とどのように生きてきたのだろう。
日本にもインドにも、米を育ててきた地域があります。
土地を耕し、雨を待ち、植物を育て、その土地で採れるものを食べる。
人間の暮らしは、長いあいだ自然の営みと深く結びついてきました。
一方、現代では都市化や技術の発達によって、私たちの暮らしと自然との距離は大きく変化しています。
自然とともに生きてきた人々の暮らしを見ることは、
食べること。
働くこと。
季節を感じること。
自然の中で生きること。
について、改めて考えるきっかけになります。
布と身体
一枚の布にも、その土地の文化がある。
日本には着物があり、インドにはサリーをはじめとする多様な衣文化があります。
着物は裁断・縫製して形づくられる衣服であり、サリーは基本的に長い布を身体に巻き、ひだをつくりながらまといます。
その仕組みは異なります。
けれど、どちらを見ても、衣服は単に身体を覆うためだけのものではないことが分かります。
素材、色、模様、織り、染め。
地域や気候。
日常と特別な日。
そして、受け継がれてきた技術。
私たちは、なぜこの布を身にまとうのだろう。
衣服を入り口にすると、その土地の美意識や暮らし、歴史、人と自然との関係まで見えてきます。
食と暮らし
「何を食べるか」には、その土地の生き方が表れる。
日本と南インドには、ともに米を主食とする食文化があります。
けれど、その食べ方は大きく異なります。
使われる植物や香辛料。
調理方法。
食器。
食べる時間。
誰と食べるのか。
何を日常食とし、何を特別な日に食べるのか。
食文化を見ていくと、その土地の気候や農業、家族、地域、健康観など、さまざまなものがつながっていることに気づきます。
そして最後には、
「では、私は毎日、何を食べているのだろう。」
という自分自身の暮らしへ戻ってきます。
家族と、人とのつながり
人は、誰かと生きている。
人間の幸福を考えるとき、人とのつながりは無視することができません。
家族。
友人。
近所の人。
地域。
仕事仲間。
日本とインドでは、家族のあり方や人との距離、共同体との関係にもさまざまな違いがあります。
もちろん、どちらかの社会を理想化することはできません。
強いつながりが安心を生むこともあれば、ときには負担になることもあります。
個人の自由が人を解放することもあれば、孤独につながることもあります。
だから私たちは、
「昔の方が良かった」
「インドの方が人とのつながりが強くて幸せだ」
と単純に結論づけるのではなく、
人にとって、心地よいつながりとは何なのだろう。
という問いから考えます。
時間と豊かさ
「早く、効率よく」の先にあるもの。
現代の暮らしでは、効率やスピードがとても大切にされています。
短い時間で仕事をする。
すぐに返事をする。
短時間で情報を得る。
それによって私たちの生活は、とても便利になりました。
一方で、
「時間がない」
「休んでいると不安になる」
「もっと頑張らなければ」
と感じることもあります。
異なる文化の時間感覚や暮らしを見ることは、
効率とは何か。
余白とは何か。
豊かな時間とは何か。
を考えるきっかけにもなります。
便利さを手放すことが目的ではありません。
便利さと、人間らしく生きることを、どう両立していくのか。
私たちは、その両方を考えていきたいと思っています。
祈りと感謝
人は、なぜ祈ってきたのだろう。
日本にもインドにも、祈りや感謝が暮らしの中に存在してきました。
形や背景となる宗教、思想は異なります。
それでも人は昔から、
自然に感謝したり、
亡くなった人を想ったり、
家族の幸せを願ったり、
人生の節目に祈ったりしてきました。
株式会社ミーナッチでは、特定の信仰を勧めることを目的としているわけではありません。
私たちが関心を持っているのは、
なぜ人間は、時代や文化を越えて「祈る」という行為を続けてきたのだろう。
という問いです。
文化や歴史として知り、ときには心理学や医学・神経科学など現代の研究にも目を向けながら、人間の心について考えていきます。
日本にあるもの。インドにあるもの。
日本には、日本だからこそ育まれてきた文化があります。
インドにも、その土地だからこそ育まれてきた文化があります。
そして、どちらの文化も変化し続けています。
だから私たちは、
日本が失ったものをインドから取り戻す
という見方だけをしたいわけではありません。
日本からインドを見る。
インドから日本を見る。
昔から現代を見る。
現代から昔を見る。
その間を行き来することで、
自分たちがこれから何を残し、何を変え、何を大切にして生きたいのか。
それを考えていきます。
インドは、答えではなく「鏡」。
私たちがインドに答えを求めているわけではありません。
日本が正解でも、インドが正解でもありません。
異なる文化を見ると、それまで見えなかった自分たちの姿が見えてきます。
そして最後に問いが戻ってくる場所は、自分自身です。
私は、何を大切にしたいのだろう。
どんな暮らしをしたいのだろう。
誰と、どんな時間を過ごしたいのだろう。
私にとっての豊かさや幸福とは何なのだろう。
世界を知ると、自分が見えてくる。
日本とインドを行き来しながら、私たちはこれからも「よりよく生きる」ためのヒントを探究していきます。
